次に私の生まれた地であり、平成6年に分院として開院した人形町の地について述べます。

昭和58年に蔵前に開院してまもなく、父方の伯父より人形町の土地を安く譲り受けたのが始まりで、平成2年には袋小路の裏の家から土地を売りたいという話があり、株がよかった事、当時の三菱銀行人形町支店も開店したてで貸し出し先を探していた事も重なり、裏の土地代と建築資金の借入を行いました。
三田の建築学会館を設計された秋元和雄先生に設計をなんとかお願いし、清水建設により現在のビルを竣工しました。

 ビルの完成は平成3年8月でそれはまさに景気が下降し始めた時期でしたが、幸いにも完成と同時に全フロアーのテナントが決まりました。
テナントは信用金庫、銀行関連会社でした。しかし丸2年経つと次々に、ほとんどのテナントが出て行く事になりピンチに立たされたのです。
そして最後に残ったテナントに出ると知らされた数日後、ピンチは転じてチャンスと言うがごとく全フロアーを一括で借りたいと言う新規のテナントが現れたのです。
しかし始めのテナントより預かった保証金は建築資金の足しにしてしまっており、次のテナントの保証金は約4分の1の金額まで下がってしまったのです。
ところがまた幸いな事に私が開業していた蔵前の医院のすぐ近くに地下鉄の駅(現在の大江戸線蔵前駅)が出来る事になり、医院の入っていたビルが地上げされ、不足していた約4分の3の金額が立ち退き料として入り、以前のテナントに返金できました。
笠原歯科 蔵前医院にて
-笠原歯科 蔵前医院にて-

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